9月12日 時差もあって長い一日だった。夜中に関空を出発し、6時間乗ってバンコクについたのが現地時間で朝の5時ごろ。ここで5時間待って、12時半頃やっとカトマンズ着。ネパール国内は、マオイスト関連で非常に警備が厳しく、ライター、マッチ、電池、ナイフ等は没収される。カトマンズ空港では、ネパール独特のビスターリ(ゆっくり)時間で、なかなか飛行機がこない。2時間遅れでやっと出発。ポカラについたのは5時ごろだった。
9月14日 朝早くから、15人乗りの小型プロペラ機でジョモスンへ。高山の谷間にある小さな飛行場へ滑り込むように着陸。そこでトレッキングの準備をして、正午に出発。シェルパ3人、シェフ1人、キッチンボーイ2人、アシスタント2人、馬子3人、ラバ9頭、それに隊員7人がそれぞれ7頭の馬に乗って行動を開始した。最初は皆おっかなびっくりだったが、おとなしい馬なのですぐに馴れ、ピンクの蕎麦畑を眺めながら行進。1時間ほどで2900メートルのテントサイトに到着。ジョモスンの飛行場や町が真下に、そして向かい側には五つ星ホテルが見える。
9月15日 朝6時に洗面器に入れたお湯が各テントに配られ、20分後にはモーニングティがくる。7時半、お粥、パン、たまごの朝食。8時半に炊事チーム5人が先行した後、9時ごろ全員出発。谷川や放牧小屋、あー見キャンプを眺めながら、昼食をはさんで約5時間の楽な馬上登山で3800メートルのキャンプ地に到着。体力は使わなかったが、やはり高山、沢井に高度障害がでた。夜の食事は、スープから始まり焼きそば、ライス、鶏肉、大根、デザートは缶詰の洋なし。それに酒は地元のリンゴブランデー。星空がきれいで、空一面、天の川が白い雲のように横たわっていた。感無量。
9月16日 全員が馬で出発。山羊やゾッキョ(ヤクと水牛の混血)がいる牧草地を大きくトラバートする。5時間半ぐらいで4500メートルのテントサイトに着く。ほぼ全員に高度障害の症状がでた。
9月17日 午前中、高度馴化のために散歩。正午から登りはじめ、1時間半ぐらい歩いた4750メートル地点でテントをはる。馬は2頭だけ残し、調子の悪い者が利用することにした。この日の夕食は、皆あまり食欲なし。空気がうすい。
9月18日 朝6時半に出発。きつい登りに苦しむ。香西、沢井は馬を利用。ツチチェピーク、ニルギリ、ダウラギリが順次、山容を現して、苦戦中の隊員を励ましてくれる。9時半頃、ようやく峠に着く。ガスの中、タルチョ(旗)をはって祈りを上げるティリツオ湖も見えだし、「やっと来たな」という感じが湧いてきた。180度が雪山で、残り180度が岩山。めざすムクチナートヒマール北峰は岩山のなか。11時半、5200地点にベースキャンプを設営し、ここにもタルチョをはって、全員で安全を祈願した。この日は小川の誕生日だったのでチョコレートケーキをつくってもらいパーティ。
9月19日 朝おきるとテントに雪が降っていた。さすが夜は冷えるようだ。一日中、自由行動。行動中、小川、平川、川田、亀井の4人は、アタックキャンプ予定地の5500メートルまで登ってみた。美しい四つ子池があって、びっくり。かってに4人の名前を付けてしまった。アンモナイト等の化石がある。
9月20日 10時。香西、小川、川田、日下、亀井の5人が、アタックキャンプ設営のため出発。この日は快晴で、ティリツオ雪山連邦がはっきり見えた。香西さんが四つ子池の上に小さな水たまりを見つけ、自分で「香西ポンド」と、命名。その少し上にテントをはり、小川、川田、亀井、シェルパ2人とシェフが宿泊し明日に備える。香西、日下は3時ごろベースキャンプへ下山した。夕食は、饂飩で、元気百倍。夜、南東方面に稲妻が光り、火星が赤く大きく輝いていたのが印象に残る。
9月21日 いよいよムクチナートヒマール北峰5982メートルに挑戦。川田は5800メートル地点で体調不良のため断念したが、小川、亀井とシェルパ頭のアンサンゲが登頂に成功した。午後はベースキャンプで化石のオークション、日下ドクター特性の点滴で元気になった沢井がハッスル。夕食のコロッケは絶品だった。
9月22日 タルチョの前で山岳部の部歌をうたい記念撮影のあと、8時半に下山開始。下山とはいえ峠までの登りがきつい。峠からはひたすら下り。夜、キャンプファイヤーして、山での最後を惜しむ。
9月23日 登山最終日。8時過ぎから三々五々、各自かってに出発。キッチンボーイ達は重い荷物をかついでいるが早い速度で下る。しかし、途中でトランプ博打を始めるので、すぐ追いついてしまう。ネパールの牛は「オーイ」と鳴く?最初は山の向こうで誰か日本人が叫んでいるのかと思いビックリした。後からきた者も、誰かが谷底に落ちて助けを呼んでいると思ったそうだ。テレンコテレンコ歩いても午後1時にはジョモスンのホテルに着いた。久しぶりのおいしいビールとチリソースチキンに舌鼓をうつ。夕食は、シェフが大奮闘してご馳走責め。天ぷら、串に刺した焼き鳥、ケーキなどの特別料理に皆、大感激。
9月24日・25日 天候が悪く沈殿。飛行機もヘリも飛ばず、ジョモスンに閉じこめられてしまった。バスもタクシーもない。ホテルのチキン(空輸しているらしい)も食べ尽くした。終日、ホテルの二階から、ダサイン(ネパール最大の祭り)用に売られていく、色さまざまにペイントされた山羊の隊列(5000頭ほどいた)を数えながら、ボケーと過ごしていたのも結構いい思い出かも知れない。
9月26日 ジョモスンを脱出。3000ドルでヘリをチャーターしてカトマンズへ。夜はバンコクで田中ご夫妻と夕食をともにした。
2003年9月12日~28日
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